渋沢栄一は日本初の起業家と言えます。彼は1867年の渡欧の際に多くのことを学び、そして彼は帰国後に起業を通してその実践を行いました。私は2014年にパリに行き、彼が宿泊したホテルや下宿先にその足跡を求め、当時のホテルの古い写真や1867年に開催されていた万博の資料を見つけました。そして論文「渋沢栄一における欧州滞在の影響ーパリ万博(1867年)と洋行から学び実践したことー」を2018年に発表しました。
論文(序文)の一部をご紹介します。
「渋沢栄一は明治期に多くの企業を設立し日本の近代産業の礎を築いた人物である。彼は,江戸末期に徳川昭武に随行してフランスを始めとした欧州に滞在した。その洋行(以下,「洋行」)が,「自分の一身上一番効能のあつた旅」だったと,後年,彼は述べている。この洋行は彼が満 27 歳の時の初めての海外渡航で,強い印象を受けたと思われる。この27 歳という年齢は語学習得には遅すぎる年齢と言えるが,社会勉強という意味では基本的なことを理解した時期であり留学に相応しい年齢と言える。 —中略—
渋沢は明治維新の前に近代産業が皆無であった日本より洋行し,欧州の進んだ技術・文化に接したわけで,その影響は計り知れないと思われる。渋沢の洋行の生涯における影響はあまり過大評価できないというような見方もあるが,筆者には,滞在期間は短くとも渋沢は洋行の経験から生涯を通じて極めて強い影響を受けたと思えてならない。」(論文の全頁カラー版PDF→千葉商科大学学術リポジトリ (nii.ac.jp))
私の研究成果の一部は雑誌『クルーズトラベラー』2021年春号に取り上げられ記事となりました。(下記は記事の一部です。)